[行列式2.行列式の公理的扱い] [ddt³さんの部屋]
[行列式2.行列式の公理的扱い]
前回までの結果は、こうでした。
[定義4]
n次正方行列A=(aij),i,j=1~n について、
(1)
ただしΣj1j2・・・jnは、並び(1 2 ・・・ n)の任意の置換(j1j2・・・jn)についての和.
で表されるdet(A)をn次正方行列Aの行列式と言う。σ(j1j2・・・jn)=±1であり、値は[定義5]に従う。
[定義5]
(1 2 ・・・ n)からその置換(j1j2・・・jn)にいたる互換数をt(j1j2・・・jn)として、
(2)
(1 2 ・・・ n) → (j1j2・・・jn)に関して互換数tは一意ではないが、tの偶奇は一意。
[定義4]と[定義5]は先人たちの遺産です。そして先人たちは、(1),(2)を与えただけでは満足しませんでした。基本的には前回の[定理1]をフル活用して(1),(2)から、次に述べるdet(A)の性質を直接証明しました(添え字と闘いながら(^^;))。
1.行列式の公理的扱い
n次正方行列A=(aij)のk列目を縦ベクトルak=(a1k,a2k,・・・,ank)tとみなし、A=(a1,a2,・・・,an)と書きます。det(A)は、n個の縦ベクトルを変数とする関数det(A)=det(a1,a2,・・・,an)とみなせます。
det(a1,a2,・・・,an)には次の性質があります。
d1) bをn次の縦ベクトルとして、
(d2) kをスカラーとして、
d3) j≠kを2つの異なる列番号として、
(d4) 単位行列E=(e1,e2,・・・,en)に対し、
性質(d1)(d2)を特に重線形性といい、じつは全てのテンソルの源泉です。よって(d1)~(d4)を明示的に示すと、行列式が本質的にテンソルである事がモロバレなのです(^^)。(d3)は交代性と言われます。(d4)は、いちおう自明な性質です。
次に、(d1)~(d4)が行列式の特徴づけにもなっている事を証明します。(d1)~(d4) ⇒ (1)を示します。あらかじめ言っておきますが、この証明に賢いショートカットはありません。(d1)~(d4)に従って、ひたすら地道ぃ~に計算するのみです。(d1)~(d4)はそういう行為が可能なように、特に選ばれた性質なんですよ(^^;)。
[定理3]
性質(d1)~(d4)は、行列式det(a1,a2,・・・,an)を特徴づける。すなわち(d1)~(d4)を満たすn個のベクトルを変数とする関数det(A)は、(1)でなければならない。
[証明]
1) det(a1,a2,・・・,an)を強引に展開する
(d4)で利用した自然基底{e1,e2,・・・,en}を使います。A=(ajk)のk列目を表す縦ベクトルakは自然基底を使うと、
と表せるので、
(3)
になります。(3)に(d1)を使って展開する訳ですが、見当をつけるために、
という積を考えてみます。
(4)
(4)の1段目から2段目への移行,2段目から3段目への移行において、形式的に(d1)と全く同じ「分配」になってますよね?。4段目はajkの後ろの添え字kについてまとめただけです。ただし(j,k)=(j1,1)のajkと(j,k)=(j2,2)のajkの積をaj11 aj22と書くと訳わかんなくなるので、aj1, 1 aj2, 2と書きました。ここで前半の添え字j1とj2は1~2を自由に動けます。それは(4)の1段目から3段目への移行過程を追えば、明らかと思います。5段目はΣj1Σj2をΣj1, j2=1~2と略記しただけです。
でも同様な事が起きます。結局現れる項は、各Σからajkを1個ずつ拾ってかけたものなので、
という形をしていて、j1,j2,j3がスロットルマシンの窓のように、j1,j2,j3=1~3をグルグル回るというイメージです(^^)。そうすると(3)は積、
に対応するので、
(5)
という形でなければなりません。ejkがついてまわるのは、ejはajkの前半の添え字と同じ添え字jを持つからです。
(5)の右辺に(d2)を適用します。
(6)
(6)を(5)に考慮すれば、
(7)
が得られます。
2) j≠kを2つの異なる列番号として、aj=akならdet(A)=0である事を証明する
(d3)より、
∴
(8)
(8)より(7)右辺のdet(ej1,ej2,・・・,ejn)の中に重複する添え字があれば、det(ej1,ej2,・・・,ejn)=0。よって、(j1j2・・・jn)の並びで重複番号のない順列だけが残るので、
(9)
ここでΣj1j2・・・jnは[定義4]に従い、並び(1 2 ・・・ n)の任意の置換(j1j2・・・jn)についての和。
3) det(ej1,ej2,・・・,ejn)をdet(e1,e2,・・・,en)に戻す
置換(1 2 ・・・ n) → (j1j2・・・jn)をp(1 2 ・・・ n)=(j1j2・・・jn)と書く。逆置換p-1はp-1(j1j2・・・jn)=(1 2 ・・・ n)と書ける。
(9)の右辺の各項、
をp-1で並べ替える。p-1の定義より、p-1で並べ替えれば、
(10)
(11)
である。ここに(10)の(k1k2・・・kn)は、p-1(1 2 ・・・ n)=(k1k2・・・kn)。(11)右辺の±は(d3)による。
(11)の符号を決定する。置換pを互換に分解すれば互換数をmとして、
p=t(km,Lm)・t(km-1,Lm-1)・・・・・t(k2,L2)・t(k1,L1) (12)
の形になる。逆置換p-1としては、
p-1=t(k1,L1)・t(k2,L2)・・・・・t(km-1,Lm-1)・t(km,Lm) (13)
を取れば十分である。すなわちp-1の互換数はpの互換数mに等しいとできる。m=t(k1k2・・・kn)とできるので(11)は、
さらに(d4)と[定義5]を使えば、
(14)
4) Σj1j2・・・jn=Σk1k2・・・knである事を示す
置換全体の集合と逆置換全体の集合を、P={(j1j2・・・jn)|(j1j2・・・jn)=p(1 2 ・・・ n)}とP-1={(k1k2・・・kn)|(k1k2・・・kn)=p-1(1 2 ・・・ n)}で定義する。
(12),(13)より置換もその逆置換も、互換の合成として置換である。よって逆置換は置換であり、置換はある置換の逆置換に等しい。従って、(j1j2・・・jn)∈P ⇒ (j1j2・・・jn)∈P-1 かつ (k1k2・・・kn)∈P-1 ⇒ (k1k2・・・kn)∈P が成り立ちP=P-1であるので、Σj1j2・・・jn=Σk1k2・・・knが言える。
∴(10),(14)から、
(15)
が成り立つ。
以上まとめれば(3),(9),(15)より
(16)
なので、(d1)~(d4)を満たすn個のベクトル変数を持つ関数det(A)は、(1)以外にない。
[証明終]
そして最後にエディントンさんが登場します。(16)右辺のΣは添数j1,j2,・・・,jnに重複番号があってはならないという制限がつくために、かなり扱いにくいものになります。もしj1,j2,・・・,jnが完全に独立に1~nを自由に動けたら、[定理3]の1)の中で述べたスロットルマシーンのイメージで、形式的には非常に扱いやすくなるというのは、わかって頂けると思います。その望みをかなえてくれるのが、エディントンのイプシロンです。
[定義6]
(17)
エディントンのイプシロンε(j1j2・・・jn)は具体的には、
(18)
です。これは[定理3]の2)と3)で明らかと思います。(18)を使えば(16)は、
(19)
になります。(19)でj1,j2,・・・,jn=1~nは完全に自由です(=1~nは省略しました)。j1,j2,・・・,jnの中に重複があれば自動的に0になるのでOKよ、という訳です(^^)。
2.まとめ
もし(d1)~(d4)を行列式の公理とみなすなら、[定理3]はwell difined性の証明になります。これは公理論ではよくある事態です。具体的な定義(1)があり、同じものを(d1)~(d4)でもちゃんと定義できる事を確認した訳です。(d1)~(d4)の方が行列式の性質をもろに記述してるので、(1)より(d1)~(d4)の方が使い勝手が良いのです。
well difined性の観点から言うと、(d1)~(d4) ⇒ (1)を証明しただけではまだ道のりの半分で、厳密には(1) ⇒ (d1)~(d4)も(1)から直接証明しないと完全ではありません。そうでないと(d1)~(d4) ⇔ (1)とは言えないからです。(d1)~(d4)から(1)を導いても、(1)が(d1)~(d4)を満たさない論理的可能性はいちおうあります。しかし今回は行列式が(1)でOKだという前提があったので((1) ⇒ (d1)~(d4)は先人やってくれてた(^^))、そこは省略しました。
よって以降は、(1)から添え字と闘いながら(d1)~(d4)を直接証明する事無く、(d1)~(d4)を「自明」として使う事ができます。またエディントンのεは一種の省略記法とみなせますが、実際に使用してみると非常に便利だとすぐわかります。
well difined性の証明は普通、確認のためのたんなるルーティン・ワークで終わります。(d1)~(d4)の目的を理解していれば[定理3]の証明も地味ぃ~なルーティン・ワークではあるんですが、行列式では特に[定理3]の内容が、ほぼ行列式の理論展開の決定打になります。
このように少なくとも数学では、適切な公理的手法と省略記法の導入が、侮れない威力を発揮する事があります。それらは表現を変えただけに過ぎないにも関わらず。
コメント 0