[座屈ってご存知ですか?]


 


 


 自分の専門は土木です。現在に至るまでには一時IT業界なんかにも脱走してた時期もありましたが、結局は出戻り、今は再び土木施工会社にいます。


 土木ってどんなイメージですか?(^^)。薄汚い作業服を着た髭ぼうぼうのイケイケ労務者親爺や、茶髪長髪のニッカポッカ着用のイケイケ兄ちゃんが、体力にものを言わせて酒と煙草をやりまくり問題を起こす・・・。


 普段の自分の生活を反省すると、決して否定は出来ないなぁ~。確かに喫煙率と酒呑み率は、一般社会人より遥かに高いよなぁ~。だいたい土と木だしなぁ~・・・(^^;)


 日本土木学会(今もある)では上記イメージを払拭しようと一時期、土木改名論が起こったのですが、けっきょく長老たちの土木という名前に対する愛着が強く、運動は潰えたのでした。それで日本土木学会の名は、今もあります。ただし各大学,高専,専門学校では、土木工学科の名前は自由に変えても良い事になりました。


 それで今では、旧姓(?)土木工学科が「社会環境整備工学基礎専攻」などと人を煙に巻くような姓となり、土木の家名は日本全国から消え去ったのです。


 しかし若人よ騙されるな!。姓がどう変わろうと土木は土木なのだ。社会環境整備工学基礎専攻のFirst Nameは土木です(社会環境整備工学基礎専攻 土木さん)。覚悟して入って来るように(^^)


 しかし一方で、海外で土木技術者はかなり尊敬されます。それは社会インフラの整備者だからです。その名も、Civil Engineerer(シビル・エンジニア=市民社会のための技術者)。かなり格好良いじゃないか。土木労務者の語感とはずいぶん違うわな・・・(^^;)


 そして土木工学には、思わぬ数理が潜んでいます。その一つが座屈現象です。英語ではBuckling(バックリング)と言います。


 


1.初期条件と境界条件は同じでない件について・・・


 いちばん単純に、次の常微分方程式を考えましょう。


  


 u(x)が未知関数でmPは定数係数とします。単振動です。これを0≦x≦Lで解くとします。(1)の一般解は明らかに、


  


です。abは積分定数。(2)を一意にするには、x0で初期条件を与えabを特定する必要があります。例えば、u(0)u'(0)0とすれば、(2)u0から動かない解になります。じっさい、


  


であり、一般にP≠0で考えるのでk≠0でもあり、ab0が得られます。


 解析領域の始端(x0)で微分方程式の階数に等しい(積分定数の数に等しい)個数の条件を与える事を、初期条件と呼ぶ事にします。


 次に、解析領域の始終端(x0L)で1個ずつ2個の条件を与えても、同じ解が出ると思われます。だって積分定数の数は、同じ2個なんですから。


 解析領域の始終端で微分方程式の階数に等しい個数の条件を与える事を、境界条件と呼びます。(3)からu(x)0になるので、境界条件としてu(0)u(L)0を取ります。(2)に代入すれば、


  


です。第1式からa0なので、第2式はb×sin(kL)0となりk≠0だからsin(kL)0と限らず、やはりb0が必要でu(x)0。従って、初期条件と境界条件は同値。


 上記は一見正しそうに見えますが、じつは穴があります。「sin(kL)0と限らず」の部分です。この条件は明らかに「任意のkに対して」という事態を想定してます。k2P/mだったので、任意のP/mに対してです。しかし特定のP/mに対しては?。


 いまmを固定し、Pを自由に変えられるものとします。そうして、


  


とおいてみれば、b≠0の時knπ/Ln12,・・・という解「も」得られます。この時bは任意で、


  


 つまりP(6)を満たす時は、微分方程式、


  


に境界条件u(0)u(L)0を指定しても、


  


という一般(?)解が得られるだけだとわかります。特解u(x)0(8)の形に含まれますが、u(x)0は特定されません。初期条件と境界条件は同値でないケースもあるとわかります。


 以上の話は、(8)xで微分してみればわかるように、n12,・・・に対してu'(0)はみな違うので、初期条件が解を一意に定めるという、常微分方程式論の基本定理に矛盾するものでもありません。たんに初期条件と境界条件は同値でない事がある、という事実です。


 


 


2.座屈現象の発見



 ここに登場するのはレオンハルト・オイラーです。ウィキによるとこんな人みたいです。品の良さそうな秀才そうな顔立ちですが、肖像画ですので、今の選挙ポスターのみたいに修正入りまくりかも知れません(^^;)


 オイラーは18世紀の人です。そのオイラーの近辺では当時、足場倒壊事故が多発しました。あまりにも多発したので今風に言うと、足場倒壊事故調査委員会が発足したのでした。


 足場とは、昔も今も基本的には変わりません。背の高い垂直な壁を左官したりするために今でも良く見かける、支持棒を縦横に組んで積み上げ、足場板を渡したものです。


 



 



 


 図に示した親柱・水平材・足場板が今は鋼製,昔は木材、接合部が今はクランプと呼ばれる金属継手,昔は荒縄・・・くらいの違いしかない気がします。要するに構造系は昔も今もいっしょです。足場の状態を最も単純化すれば、図-1になります。


 



 


 足場の水平材は、もちろん壁に固定されると仮定します。足場板の上には作業するために職人達が載り、職人達の群衆荷重が足場板と水平材を通じ圧縮力Pとなって、親柱に作用します。図右側の△とアンダーライン付き△は、それぞれピン支持,ローラー支点と言われ支持条件を表します。


 地面を意味するたんなる△(ピン支持)は、親柱が上下左右方向には動かないが、△に対して自由な角度を持てる事を意味します。これは親柱の先端をたんに地面に置いただけ、という事で、現実にこの理想化は妥当なのがわかっています。


 ローラー支点(アンダーライン付き△)は、親柱が左右方向には動かないが上下方向には動けて、かつ水平材と親柱の角度は自由である事を意味します。


 親柱が左右方向に動かないのは、壁に固定された水平材が親柱の左右方向の動きを拘束するからです。上下方向に動けるのは、水平材から受け取った圧縮力によって親柱が圧縮されて短くなっても、水平材はその動きに抵抗しないからです。何故なら水平材と親柱の角度は自由だから。それは昔、水平材と親柱は荒縄で縛られてた事を考えれば明らかです。現在のクランプ接合も似たようなものです。


 


 そういう訳で常識的に図-1を認める限り、足場倒壊事故の原因は明らかでした。職人たちの群衆荷重の大きさPが親柱の圧縮強度を超え、親柱がつぶれて事故が起こったのです。これを圧壊と言います。事故調査委員会の面々は思ったのです。「これは経験ばかりに頼って学を無視する学のない職人たちのせいだ」・・・と。


 


 しかし事故現場を見たオイラーはただ一人思ったのです。「これは圧壊ではなく、曲げ破壊だ!」と。曲げ破壊とは図-1に赤点線で示したように、親柱が曲がって曲がり過ぎて折れる事態を言います。一方圧壊とは、親柱がたんに鉛直下向きに縮んでつぶれるのですが、最後には曲がったりもするでしょうから、その破壊状況からの判定は非常に微妙になるとは思います。特に木材のように靭性が高く、節目もあるような非一様性材料の場合は。


 


(執筆:ddt³さん)